籠の鳥




「きゃあぁぁー!!助けてアンパンマン!!」
「バイキンマンが暴れてるよー!!」

「はーひふーへほー。今日こそ町中のお菓子というお菓子は俺様のものなのだー」

「待てぇ!バイキンマン!今すぐお菓子を返すんだ!!」
「そうはいくか馬鹿アンパン。くらえ!巨大水てっぽー…?…ん?あれ?」
「いくぞ!」
「待てって!ごめんなさい待ってください!!ちょ、おい!こらギャー!!」



どかーん。キラン(←バイキンマンがお星様になった音。





「うぅ…」
 バイキンマンは真っ暗闇の中で目を覚ました。
「どこだココ!?」
一瞬びっくりしてパニックを起こしかけたが、下手に騒がない方がいいと思い自分の額に手を当てて落ち着こうとする。
「ん?」
手のひらに、明らかに自分の皮膚とは違うざらりとした感触のものが触れた。
指先でその縁をなぞっていくと、どうやらそれは薄いガーゼのようなもので、端はつるつるしたテープで止められている。
 なんだか、治療後のような感じだった。
「んー?」
 だが、バイキンマンにはまったく身に覚えがなく。
バイキンマンは怪我をしても放っておくたちなので、これは誰かがバイキンマンに手当てをしたと推測するのが妥当だろう。
でも誰が?
 城の中ならドキンちゃんがやってくれるが(でも気まぐれ)、ここはどうやらバイキン城ではないようだ。
 と、その時ゆらりと重い闇が揺れた。
 体に人の体温で温まったような風をふわりと感じ、バイキンマンはびくりと身を固める。
「だれっ」
 喉の奥から引きつったような悲鳴が漏れた。闇の中で誰かが笑った。
 その「誰か」がバイキンマンに手を伸ばし、がっちりと両手で肩を掴む。
「アンパンマン…?」
 バイキンマンは多少怯えながら、影に向かって訊いた。
「アンパンマン?ね、そーだろ?」
 その影は喉の奥でくくっと笑い、バイキンマンに触れるだけのキスをした。
「…そうだよ」
 よく耳に馴染む心地よい声は、やっぱり彼で。
 彼だと分かると、バイキンマンは少しほっとして腕を伸ばした。
もちろん、少しほっとしたというのは「全然知らない誰か」よりも「ちょっと知ってる奴」の方が安心できるという意味合いでのことだ。
「どうして僕って分かったの?」
 幾分、嬉しそうに、もしくは可笑しそうにアンパンマンはバイキンマンに問う。
「俺様にこんなことするのはお前しかいない」
 バイキンマンはなんだか気が抜けて、いつもの仏頂面と不機嫌そうな声に戻った。
実際、嫌われ者のバイキンマンにちょっかいをかけてくる奴なんか限られているし、怪我をさせた相手を几帳面に手当てをしている奴なんて、バイキンマンの知っている中では一人しかいない。
「…意地っ張り。でも、僕を呼んでくれてありがとう。僕以外の奴を呼んだら殺してるとこだったよ」
「な…」
 何気ない、冗談のつもりらしかったが、彼から吐き出されたその言葉はどうしても本気に聞こえてしまい、バイキンマンは人知れず身震いをした。
 けれどその一瞬後、アンパンマンは強引でバイキンマンの気に障るようなことばかりするいつものアンパンマンの態度と口調に戻る。

 アンパンマンはバイキンマンをしっかりと抱きすくめ、その唇を塞いだ。
「んっ…!」
抵抗しようと手足をじたばたさせたバイキンマンだったが、舌を巧みに使うディープキスをされて次第に体の力が抜けていく。
「あ…アンパンマン?」
名前を呼んだのは、確かめるためじゃなくて、行為の真意を問うため。
けれど、それにはアンパンマンの答えはなく、バイキンマンはただ角度を変えて何度も何度も深く口付けをされる。
「ん、…ふぅ」
 いつもと雰囲気の違う、一生懸命で必死なキスに何かざわつきを覚えて、バイキンマンはアンパンマンの頬に手を添えた。
不器用なりに、彼の一生懸命に応えようとした。
アンパンマンが自分の知らない人になったみたいだった。
「バイキンマン、嫌じゃないの…?」
キスの途切れ目にアンパンマンが囁く。
嫌なもんか。バイキンマンはそう言いたかったけれど、すぐに口を塞がれてそれも言えなくなってしまう。
だから、その代わりに手を伸ばしてアンパンマンの背中へと回した。
アンパンマンもバイキンマンの背中に手を回して、きつくきつく抱きしめた。
これから、遠くに離れてしまう恋人同士みたいだと、バイキンマンは思った。
いや、恋人なんてそんなものじゃない。
そんな確かなものじゃない。

だけど
 
 その予感が外れますように。バイキンマンはそう願った。


 どうかどうか神様。
 

 神様になんか祈ったことなんてないけど。


 神様はバイキンマンを幸せにしてくれたことなんてないけど。





「今日は嫌がらないね。新手の作戦?」
 アンパンマンが皮肉気にそう吐き捨てた。
 バイキンマンはアンパンマンにされるがままになって、するすると服を脱がされている。
 じっとりと沼の底のようだった暗闇にも、もう幾分目も慣れて相手の輪郭くらいは分かるようになってきていた。
「お前…が」
「ん?」
 なぁに?そう訊ねてくる正義の彼は、いつもとなんら変わりはなくて。バイキンマンにはかえってそれが不気味だった。
「変…だから。何か、あったのか?」
 喉につっかかってなかなか言えない言葉をバイキンマンは無理やり外に吐き出した。しかし、言ってからすぐに後悔した。

 暗闇なのに、アンパンマンの顔が見えた気がした。苦しげな表情まで見えた気がした。
 頬に走った痛みを、バイキンマンは理解出来なかった。
 ただぼんやりと、目の前に立つアンパンマンを目で見ているだけだった。









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