しあわせ。



「そういえば、バイキンマンて笑いませんよね」
 そりゃ、ね。
「にっこり笑えば、それなりに可愛いかもしれないのに」
 それなりなわけないだろ。
 かなり可愛いんだよ。悩殺だよ。
「で、アンパンマンはバイキンマンの笑顔、見たことあるんですか…?」
 がたがたがたんっ
 アンパンマンは椅子から立ち上がろうとして、足をテーブルにひっかけた。
 向かいの席に座って優雅にコーヒーカップに口をつけている食パンマンは、少し眉をひそめてアンパンマンを見ている。
「僕、パトロール行ってくるよ」
 アンパンマンは痛む足を隠すように、いつも通りさわやかに返した。
「ないんですね」
 あるよ!そうアンパンマンが意地になって言っても、それはとても曖昧な記憶で心もとない。
 一度や二度、バイキンマンがアンパンマンに向かって笑いかけたことはあるだろう。きっとあるはずだ。
 あるかな…?
「ある、あるぞ。うん…」
 にやり、と視線を落として食パンマンが笑っていた。これはどう見ても悪人だ。
おしいのは、この顔を見せるのはアンパンマン限定だということだ。
つまり、食パンマンを悪人だとアンパンマンが言ったとしても、それを誰も信じないというわけで…。
「結局、アンパンマンも私と同じくらい嫌われてるんじゃないですか?」
「はぁっ!?」
 あまりにも唐突で突拍子もなくて、そしてショックな質問に、アンパンマンは思わず金属バットで後頭部を殴られたような襲撃を感じた。
「力に物言わせて一方的に関係をせまってるとしか思えないんですけど」
…な!そんなことないさ!
と、言おうとしても、いろいろと反芻してみると、思い浮かぶのはバイキンマンの泣き顔だけで。

「……」
 アンパンマンは、食パンマンに反論するのをやめた。
「アンパンマン?」
「…そうだ」
「はい?」
「バイキンマンを大切にする日を作る!!!」
「はぁ…」
 急に目をキラキラ輝かせはじめたアンパンマンに、食パンマンはついていけず曖昧に相槌を打つ。
「と、いうわけでちょっと準備してくる!」
 何のですか?食パンマンがそう訊ねる前に、アンパンマンはパン工場から飛び出していった。
「まぁ、良いのですけれど」
 食パンマンの手には、最新の小ぶりなデシカメが握られていた。


 次の日。
「バイキンマーン!起きなさいよ!!」
「ん、んー。まだ…」
「起きろー!!」
 どかっ!と布団の上からのしかかる重いもの。
「…ぁ。んー。」
 そのままべりっと布団を剥がされて、バイキンマンは朝の眩しい光にチカチカする目を瞬かせてむっくりと上半身を起こした。
「ドキンちゃん…?」
 目の前にいるのは、休日はいつも昼近くまで寝ていてバイキンマンが起こしに行っても起きないはずのドキンちゃん。
「???」
 頭に疑問符を浮かべていると、ドキンちゃんはバイキンマンをベッドから引き摺り下ろしてそのまま洗面所まで連れていく。
わけも分からぬまま、一通り身支度が整ったバイキンマンは壁にかけてある時計を見て
「ってまだ六時!?」
 仰天した。
 やけに静かだと思ったら、まだカビルンルンは寝てるからか。じゃなくてどういうこと!?
「バイキンマン早く!顔洗って着替えたら、サンドイッチ作って!」
 けれどバイキンマンが質問する前に、ドキンちゃんは次の仕事を命令していた。


 台所に行って、なんだか腑に落ちないままバイキンマンは戸棚から食パンを二枚取り出してオープントースターにセットする。
「…」
「あら、これじゃ足りないわよ」
 それを見ていたドキンちゃんは、冷凍庫から食パン一斤を取り出し、電子レンジで解凍しはじめた。
「そんなに食べるの!?」
 食パン一斤まるまる使ったサンドイッチを思い浮かべて、バイキンマンは焦る。しかしドキンちゃんは涼しい顔してさらりと
「今日は外に遊びに行くのよ」
 と言った。
「え?外?」
 ドキンちゃんはメロンパンナちゃんやロールパンナちゃんとでも遊びに行くのだろうか?
「いいから早くサンドイッチ作りなさいよ〜」
 レンジがチンと音を立てて、程よく解凍されたパンがバイキンマンの目の前に出される。
「え、あ、うん」
 バイキンマンは詮索するのを諦めて、パン切り包丁でざくざく食パンを切りはじめた。

「甘いのも作らないとね〜」
 バイキンマンがパンにバターを塗って野菜を切ってチーズを挟んでと忙しく動いている間に、
ドキンちゃんはジャムのビンを持ってきてパンに塗り、サンドイッチなのか微妙なものを作ったり、果物を洗ったりして、
それらをどこにあったのか、大きなバスケットに詰め込み始めた。


 一斤すべてをサンドイッチにして、具の残りで朝ごはん。
「はい、じゃあ」
 ドキンちゃんが椅子からすくっと立ち上がって、猫っぽい笑みを浮かべバイキンマンの方を見る。
 バイキンマンには、その後の言葉が簡単に予想できた。きっと「お留守番よろしくね、バイキンマン」だ。
 バイキンマンがお皿を片付けようとして椅子から立ち上がると、ドキンちゃんはバスケットとバイキンマンの手を掴んで
「行くわよ!」
 向日葵のような華やかな笑顔を向けた。
「い、行くってどこに…?」
 バイキンマンがあたふたしていると、そのまま手をひっぱられて、バイキンマンとドキンちゃんは日差しが眩しい、お城の外へ飛び出した。



「ね…、ドキンちゃん。どこに…」
 行くの?
 バイキンマンは不安になって背中からワクワクオーラを出しているドキンちゃんに尋ねる。
 まさか前みたいに野外デスマッチなんてことにならなければいいが…。
「ついてからのお楽しみよ!」
 ドキンちゃんはぱあぁっと笑顔を輝かせてそう答えた。
ドキンちゃんの笑顔が明るければ明るいほど、バイキンマンの気持ちは重くなっていく。
 変なことに巻き込まれなければいいけれど…。

 しかし、バイキンマンの予想は悲しくも外れることはなかった。
 森を抜けた、一面が青々とした芝生が生えた広場のようなところについた、その時。

「よ!バイキン!」
「こんにちはバイキンマン」

 そして

「やぁ!バイキンマン。今日はいい天気だね」
 今日の天気にぴったりな、爽やかな笑顔のあいつ。
 
「…○×★▽◎!!???」
 騙された!!!!
 バイキンマンは真っ青な顔でドキンちゃんに振り返ったが、ドキンちゃんは別段おかしいこところはなく、というか、もうすでにバイキンマンなんか見てはいない。
 食パンマンの方に近寄り、あわよくば腕を組もうと機会を窺っていた。
 バイキンマンは「ぎゃふん」という言葉を初めて使ったような気がした。

「バイキンマン」
 どこか嬉しそうな、好青年らしい声がバイキンマンを呼ぶ。
けれどバイキンマンは逆に肌に鳥肌が立ってぞわぞわした。
 アンパンマンが腕を伸ばしてバイキンマンに触ろうとする。
バイキンマンはそれを手で叩いて、大声で叫んだ。
「な、なんのつもりだ!!今日は俺様まだ何も悪いことしてないぞ!!!」
「…?あぁ、そうだよ。君は何もしてないね」
 不思議そうな顔をするアンパンマン。
「だったら、どうして…!」
 こんな卑怯なやり方で呼び出されるんだ!?バイキンマンは頭に血が上って、アンパンマンを睨みつける。
けれどアンパンマンはバイキンマンの顔を見て悲しそうに
「僕が君と遊びたいって思うことはいけない?」
 ぽつんと呟いた。
 な、ななななに言って…!
「そうやってお前はいつもいつもいつもいつも…!!」
 テンパったバイキンマンは毛を逆立てて猫のようにアンパンマンを威嚇する。
「今日は純粋に君とピクニックがしたかったんだ」
 そんなバイキンマンを宥めるように、アンパンマンはそっとバイキンマンの頬に触れる。
その暖かい手のひら感触に、バイキンマンはますますうろたえてしまう。
「う、嘘だ…。そうやって今日もまた俺様をボコボコにするんだ!」
「しないよ。だいたい、彼らがいるのに出来るわけないよ」
アンパンマンの指差す先には、目をハートにするドキンちゃんと、
それからさり気に逃げてカレーパンマンに助けを求める食パンマンと、
その食パンマンの手を振り切るカレーパンマン。
「何このメンバー…」
 バイキンマンがそう呟いて、それを聞いたアンパンマンが隣で密かに苦笑した。
 実は、
バイキンマンを呼び出して、とドキンちゃんに言ったら、
ドキンちゃんは食パンマン様が一緒じゃなきゃ嫌と言い出して、
食パンマンにそのことを伝えたらカレーパンマンが一緒じゃないと嫌ですと言われたので仕方なくこんなメンバーになったのだ。
メインキャラ総出演だなぁ。
まぁいいか。バイキンマンさえいれば。
それに、二人きりだったらまた泣かせてしまうかもしれない…。
アンパンマンはそう結論づけて、バイキンマンの手をそっと握る。
「今日は、いつものことは忘れて遊ぼうよ」
「……」
 バイキンマンは暫くの間、胡散臭そうにアンパンマンの顔を見ていたが、つっこみ要素のカレーパンマン(ノン気)がいることでやっと信用したのか、こくんと頷いた。
 アンパンマンはそれを見て優しく笑った。





「ここらへんでいーい?」
 ドキンちゃんがオレンジと白のチェックのシートを芝生の上に広げて、みんなに訊いた。
 持ってきたバスケットでシートを押さえて、ドキンちゃんはシートを端の皺を伸ばす。
「うん…。あの、何すればいいのだ…」
 バイキンマンは、今ひとつこの状況に慣れず、ドキンちゃんの傍にぴったりくっついておどおどしていた。
「別に何もしなくていいじゃない」
 ピクニックしにきたのよ?ドキンちゃんはそう言うが…。
「でも…」
「あ、なんか花畑がある」
 カレーパンマンが遠くの方を見て指差した。
「ほんとだ。綺麗ですね」
 ずっと、ずっと平坦な野原の先に、緑の中を彩る白や薄ピンクの花畑があった。
「欲しい〜。バイキンマン取ってきて」
 ドキンちゃんがきゅんと胸が高鳴るような可愛い笑顔でバイキンマンに言う。
「うん、分かった」
 ドキンちゃんに使われることはバイキンマンにとって苦痛ではないので、バイキンマンは素直に頷きトテトテと歩き出した。
「あ、俺も行く!」
 カレーパンマンがバイキンマンの後を追いかける。
「私達はここでお茶してますから」
「食パンマン様〜。はい、お紅茶」
 食パンマンとドキンちゃんとアンパンマンは、シートの上に座ってバスケットを開けていた。


「あれ、アンパンマン行かないんですか?」
「いいんだよ。カレーパンマンと一緒にいた方が楽しそうなんだから」
 アンパンマンは、目を細めてティーカップから湯気立つお茶に口をつけた。




 ドキンちゃんの髪の毛の色はオレンジだから、きっと真っ白な花が似合うはず。
バイキンマンはしゃがみ込んで、大振りな白い花を選んで摘んでいた。
すると突然後ろからにゅっと腕が伸びてきて、がっしりと背中を抱きこまれる。
「ひっ!?」
 驚いて喉の奥で悲鳴を上げて後ろを見ると、カレーパンマンがにやにやしてバイキンマンを見下ろしていた。
「え?なに…?」
 相手がカレーパンマンで、少しはほっとしたものの、何かされるのではないかとビクついていたら、カレーパンマンはイタズラっぽく笑って、バイキンマンの頭に手を伸ばした。
「ほらよ!」
 咄嗟に構えたバイキンマンだったが。
 ぱさり、とバイキンマンの頭に乗せられる白いもの。
「え?」
 それは、真っ白な花で出来た冠だった。
 な、なにこれっ。バイキンマンは慌てたが、カレーパンマンはまだ面白そうに笑って
「似合う似合う」
 ばしばしとバイキンマンの背中を叩いた。
「俺様には似合わないぞ!」
 口を尖らせて文句を言ってみても、カレーパンマンは今度はちょっと真剣な顔をして「似合ってる」と言う。
外そうとしたら、「そのままにしとけって!」と言われ、こちょこちょをされた。
 バイキンマンもお返しにこちょこちょをしたけれど、カレーパンマンはするりと逃げて笑いながらみんなの方へ戻ってしまった。




「いや〜ん。バイキンマン可愛い!!」
 ドキンちゃんが黄色い声を上げてバイキンマンに近寄ってくる。
「女の子みたいよ」
 普段ならそんなこと言われてもちっとも嬉しくないバイキンマンだったが、ドキンちゃんから言われると、ちょっと嬉しく思ってしまった。

「うん。可愛いよ、バイキンマン」

「…え?」
 バイキンマンは、一瞬耳を疑った。今、誰が、言った?
 バイキンマンがアンパンマンの方を見ると、アンパンマンはいつもにない笑顔で、バイキンマンを見ていた。
「可愛いよバイキンマン」
 それは、軽い意味の言葉かもしれないけれど。

「へへっ…」
 バイキンマンが少し目を伏せて恥ずかしそうに笑った。
「ん…?」
「あれ…?」
 食パンマンとカレーパンマンとドキンちゃんが意外な顔をしてバイキンマンを見る。
 バイキンって笑うと可愛いのな。カレーパンマンが感心したようにぽつりと呟いた。
 アンパンマンだけが、「ほらね」という表情で、バイキンマンを優しい眼差しで見ていた。




「バイキンっ。冒険しようぜっ!」
 暫くして、お茶を飲み終わったカレーパンマンがじっとしていられないのか、バイキンマンの腕を掴んで引っ張った。
「え?うん…」
 バイキンマンがドキンちゃんをちらっと見るとドキンちゃんは食パンマンと談笑していた。
アンパンマンは二人の会話に適当に相槌を打っている。
 アンパンマンも一緒に、なんて思ったけれどやっぱり言い出せなくてバイキンマンはカレーパンマンと一緒に近くの林に出かけることにした。



「どうしたんですか…?今日は」
 ドキンちゃんがお茶を淹れ直している間、食パンマンとアンパンマンに耳打ちをした。
「ん?」
 小さくなっていく二人の背中を見送りながら、アンパンマンは困ったように唸る。
食パンマンが何を言わんとしているかは、なんとなく分かっていた。
けれども、アンパンマンにはどう答えていいのか分からない。
自分自身でも分かっていないから。
「どうしてだろうね…。バイキンマンがカレーパンマンと楽しそうにしてるだけで、僕はなんだか救われた気がするんだ」
 ふっと笑みを零すと
「いつもの貴方らしくないですよ」
 食パンマンは吐き捨てるようにそう言った。




「バイキンっ!木、登れないだろ?」
 林に入ってからカレーパンマンはやたらハイテンションだった。
太い枝が何本も生えている木を見つけると、何かの血が騒いだのか途端にバイキンマンを木登りに誘い始める。
「まぁ…」
 けれど、バイキンマンには木登りの経験などない。
だって毎日ラボにこもって研究ばっかりしていたのだから。
「教えてやるよっ!」
 カレーパンマンはかなりの乗り気で、バイキンマンの手を引っ張る。
「ふつーに足かけてみ?…って、なんだよ」
 バイキンマンはカレーパンマンのマントを握って、立ちすくんでいた。
「え、ううん。あの…」
 きゅ、とマントを持つバイキンマンの手に力が入る。それから、少しして
「遊んでくれて、ありがと」
 カレーパンマンのマントの裾を掴みながら、バイキンマンは口早にそう告げた。
 カレーパンマンは、唖然としてバイキンマンを見ていた。が、
「な、別にいいよ…っ。ふつーだろっ」
 何故だか急にこっちが恥ずかしくなって、カレーパンマンはそっぱを向く。
「ほら、やるのかっやんねーのか!」
「…うん!やる!」


 余談だが、
 その後、バイキンマンは三回木から落ちて痛い目に遭った。
 




「もうそろそろお昼にしましょー!!」
 ドキンちゃんが二人を呼びにきた。
みんな、ちょうど運動をした後なのでほどよくおなかがすいてきた頃だった。
「昼飯ー!!」
 カレーパンマンがシートにどっかり座って、バスケットを開ける。
「私とバイキンマンが二人で頑張って作ったのよ!味わって食べてね。食パンマン様〜」
 健気におしぼりを食パンマンに渡すドキンちゃん。もちろん他のパンとバイキンマンはセルフサービスだ。
「こういう目的なら、俺様もっと頑張ったのに…」
 シンプルな具しか入っていないサンドイッチを齧りながら、バイキンマンはぼそりと呟いた。
「ダメよ。だってバイキンマンには秘密って言われたんだもん」
 え?
 バイキンマンは、とても不思議な言葉を聞いた気がして、まじまじとドキンちゃんを見てしまう。
「俺様には、秘密?」
「おいドキン、なんでバラすんだよ…」
 カレーパンマンが渋い顔をして、ドキンちゃんを軽く睨んだ。
「あ、まぁ、もういいじゃない」
「え?どういう…」
「普段、好きな子を苛めてしまう、見た目より遥かに子供っぽい誰かさんがバイキンマンを喜ばせたかったらしくて、私達もお手伝いすることになったんですよ」
 食パンマンが、表情を表に出さないでさらりとそんなことを言った。
「ちょ…!」
 アンパンマンがバイキンマンの隣でむせていた。バイキンマンはぽかんとアンパンマンを見ていたが
「へへ…」
 また、さっきのように目を伏せて、ふわりと笑い
「ありがとう。アンパンマン」
 静かにそう言った。
「…どういたしまして」
 アンパンマンにとって、今まで誰かに言われた「ありがとう。アンパンマン」より、100倍嬉しくて、暖かな気持ちになれる言葉だった。




「はい、食後の運動―!!」
 昼ごはんの後、カレーパンマンが立ち上がってそう叫んだ。
「缶蹴りしよーぜ!缶蹴り!!」
「はぁい!私もやるー!」
 ドキンちゃんもやる気で、なんだか盛り上がり始めた。
バイキンマンにとってはとても嬉しいことであったが、問題が一つ。
(缶蹴りって…何?)
 しかし、みんな当たり前のように知っているので、聞くのがかえって恥ずかしくなった。
「じゃあ、鬼が俺で!鬼が一番楽しいだろっ」
「私は隠れる方が好きー」
 しかし、ゲームは着々と始まろうとしている。
カレーパンマンが、ジュースの缶を持ってきて芝生の上に置き、カウントを始めてしまった。
今更ルールを聞くことなんて出来ない。
バイキンマンが内心オロオロしていると、
「バイキンマン、一緒に隠れよう」
 アンパンマンがバイキンマンの手を引いて、走り出す。
「かくれんぼみたいなものだよ」
 そっか。バイキンマンはちょっと安心してアンパンマンと一緒に少し遠くの木の陰に逃げ込んだ。
 目の端に、ドキンちゃんと食パンマンが一緒の方向に走っていくのが見えた。




「こうやって、鬼が缶から離れるのを待つんだよ。僕達が蹴ったら鬼の負け」
 アンパンマンとバイキンマンは身を寄せるようにして、太い木の陰に隠れている。
見通しはいい方ではないが、簡単には見つからない場所だ。
「僕達が見つかって、鬼が缶を蹴ったら…。バイキンマン?」
 アンパンマンは、バイキンマンがさっきから静かにことに気がついた。
バイキンマンは名前を呼ばれてはっとして、アンパンマンに目を戻す。
その頬は何故かうすく色づいていた。
「どうかした?」
「いやあの別に…」
 恥ずかしそうに俯くバイキンマン。
(今日は、アンパンマンが何もしてこないなんて…)
 ちょっと寂しい。なんて言えるはずもない。
俺様ってなんてはしたないんだ。くそっ。
「えと…」
 だけど、代わりに今日のお礼を言おうと思った。
普段、喧嘩ばかりで「ありがとう」なんて言うことは少なかったから。
今日は本当に楽しかったから。
「ありがとう…アンパンマン」
 さすがに恥ずかしくなったのか、アンパンマンと目を合わせないようしてバイキンマンはぼそぼそと呟く。
アンパンマンは、そんなバイキンマンをじっと見ていた。
「俺様楽しかったし、遊べたし、でもアンパンマンがあんまりしゃべってくれなくて…
 気になったけど、でも楽しかったし、夢みたいで、だから、えーと」
 途中で、何を口走っているのかバイキンマンには分からなくなってきた。
それでも混乱する頭からなんとかして言葉を紡ぎ出す。
「だから…そう。ありがとう」
 にこり、とバイキンマンは精一杯笑ってみせる。
笑顔は苦手分野だった。
悪役ににっこりした笑顔はいらない。
いるのは子憎たらしい笑みだけ。
だけど、今だけは素直に笑ってみせたかった。
「…我慢できない」
 気がつくと、アンパンマンは拳を握り締め肩を震わせていた。
「え?あの、アンパンマン…?」
 俺様何か悪いことした?
不安になったバイキンマンはアンパンマンの顔を覗き込む。
すると、いきなり顎を掴まれ、腰を抱かれ、おまけに唇を奪われた。
「ふむぅ!?」
 そのキスはすぐに離れ「なに!?」パニックに陥ったバイキンマンはアンパンマンの顔を凝視する。
 すると、アンパンマンは少し辛そうな顔をして、バイキンマンの頬を撫ぜた。
「君が悪いんだよ。今日は我慢しようと思ってたのに」
「え?」
「可愛過ぎる。ごめんねバイキンマン」
 ぐいっと服がたくし上げられる。
 そしてその刹那、バイキンマンの突起にざらりとした暖かい舌の感触が伝わった。
「ひ…っ!」
 アンパンマンに、こんなこと…!何をされているかを頭が理解すると、バイキンマンの身体は急に熱を帯び始めた。
「だめ…っ」
「こら、静かにしないと見つかるよ?」
 甘い吐息を漏らすと、アンパンマンにキスで口を塞がれる。
「んっ…!ん…」
 バイキンマンがひくん、と身体を震わせて、声を抑えている間も長い指は突起をいじることを止めない。
おまけに、アンパンマンのしっかりした腕がバイキンマンの腰を固定して逃げられないようにしている。
 アンパンマンに言わせてみれば、半日間おあずけをくらったのだからがっつくのは当たり前、という感じなのだが。
「ダメ…」
 バイキンマンがアンパンマンにそう訴えても、アンパンマンにはもう「待て」は出来ない。もう食べたい。
「そんな潤んだ瞳で言っても逆効果だよ」
 くりくりと突起を刺激し続けた。摘んだりひっぱったり、こねたり。
最近、アンパンマンの手によって快楽を教え込まれた体は、そんな些細な刺激にも顕著に反応してしまう。
「だめだ…」
 快楽に飲まれそうになるのを恐れて、バイキンマンはアンパンマンの手を止めようとする。
「ダメじゃない」
 しかし、そう言ってアンパンマンはバイキンマンのズボンのチャックを下ろした。


「や…!やだ!」
 こんな明るいところで。バイキンマンはかぁぁっと赤くなって身を捩る。
「嫌だ。今日のバイキンマンは本当に可愛かったんだよ?君がカレーパンマンと遊んでる時、どんなに僕が嫉妬したか…」
「ふぇ?」
「もう無理だ。バイキンマンは僕のものだよ。泣かせないように今日は頑張ってたけど…」
 そこでアンパンマンは一旦言葉を区切る。
「ごめんね」
 バイキンマンの耳元で囁かれた言葉。
 バイキンマンは、それに何かを答えようとしたが、突然与えられた下半身の快楽に息を詰めた。



「あ!あぁっ!あぅぅ…」
 ぐちゅ、ぬちゅ。
バイキンマンの小さい蕾を広げるように、アンパンマンの長い指を入り口をいったりきたりする。
 バイキンマン自身の蜜で蕾はぐしょぐしょに濡れ、アンパンマンの指によって柔らかく解されていた。
(じんじん、する…!)
 バイキンマンは、目じりから涙を零しながら、自分の指を噛んで声を抑えていた。
アンパンマンは、バイキンマンのイイところを指先で抉るようにして抜き差しする。
指は、たまにぐるりと中をかき回すように動いたり、襞を伸ばすようにぐにぐにと動く。
「しっかり慣らさないと辛いからね」
「うぁ…あぅっ…」
 バイキンマンはフルフルと首を横に振った。自分が快楽に溺れていくのを信じたくなかった。
けれどアンパンマンに触られるだけで、バイキンマンの身体は快楽に支配されて、悦びの涙を零す。
「大丈夫?」
「痛く、ない…」
 心配そうにそう覗き込んでくるアンパンマンに、バイキンマンはそう答えていた。
とにかく緩い前戯に、バイキンマンはどうにかなってしまいそうだった。
いや、焦らされただけではない。
 アンパンマンの指から、声から、いつもとは違う優しさを感じてバイキンマンはすごく切なくなったのだ。
切ないけれど、
きゅんとして、
じんわりと温かな気持ちになれて。
快楽でめちゃくちゃになるのは嫌だったけれど、こんな風に扱われるのは嫌ではなかった。
「いくよ」
アンパンマンはバイキンマンの頬にキスをすると、バイキンマンの蕾に自らをあてがった。
「あぁぁぁぁ!!」
 貫かれたとき、眩暈を覚えた。バイキンマンはそれだけで自分が達してしまったのが分かった。





「ごめんね」
 コトが終わって目を開けると、アンパンマンが何故かバイキンマンに謝っていた。バイキンマンはきょとんとしてアンパンマンを見ていた。
「また、君を泣かせた」
 そりゃ、確かに泣いたけれど。
 でも、今日はなんだか…全然辛くない。それどころか
「俺様…別に…………。いや、俺様は悪者だからアンパンマンが謝るのは楽しいけどな!」
 バイキンマンが真っ赤になってそう言うと、暫くしてアンパンマンはふふっと笑みを零した。
「…君が笑ってくれないのは、僕のせいだと思ってた」
「何を、急に…?」
 バイキンマンにはさっぱり分からない。
「だから、せめて今日くらいは、君を大切にしようとしたんだ」
 アンパンマンが、複雑な表情でバイキンマンの頬を撫ぜる。
「無理だったみたいだけど」
 ははは。とアンパンマンは笑う。
そんなことない…!アンパンマンが何を言い出したのかは判らなかったけれど、それを見てバイキンマンはそう思った。
「少なくとも、大切にしたいと思ったんだ。僕は酷いことをするけど、君が…好きだからね」
「…!」
 バイキンマンはびっくりしてアンパンマンの顔をまじまじと見た。
何を、急に。どうして、今そんなこと。
 そんなの、俺様だって…。
「俺様だって、アンパンマン…好き」
「好き?」
「好き」

 好き。
 好き。
 好き。

 どれだけ頭の中を探しても、こんな言葉しか見つからない。
バイキンマンは自分のボキャブラリーのなさを痛感しながら、壊れた機械のように「好き」を繰り返した。
その度にアンパンマンはバイキンマンを宥めるようにキスをしてくれる。
「好き…なんだ」
 ぽろりと、バイキンマンの目から涙が零れた。
 涙を零したら、身体が温かいものに包まれた。アンパンマンの腕の中だった。
(あったかいなぁ…)
 心地よくて目を閉じると、首筋にキスをされた。背中をゆっくり撫ぜられて、ほぅとため息が零れてしまう。

 まどろみの中でも、ぎゅうぅっと抱きついて、胸からこぼれ落ちる言葉を必死に伝える。
 アンパンマンはバイキンマンの頬を撫ぜ、顎を掴み上を向かせた。
「好き」
 キスをされる直前まで、バイキンマンはそう呟いていた。
「す…き」


 キスが終わり、バイキンマンからそっと身を離した。

「笑って。バイキンマン」
 頬に手を添えて、アンパンマンは言った。バイキンマンはアンパンマンの手に両手を重ねて目を閉じる。
「大好きだよ。バイキンマン」
 その言葉が例え偽りであっても、真っ赤な嘘であっても、虚構だと分かったとしても、バイキンマンは辛いとは思わない。
「これ、夢じゃないよな?夢なんかじゃないよな…?いや、別に夢だっていいんだ。幸せだと思うから」
 バイキンマンの真っ黒な瞳に、アンパンマンが映る。
「夢じゃないよ」
「うん…」
 その言葉を聞いて、バイキンマンは安心して、アンパンマンに笑顔を見せた。
 体中から力が抜けて、とろんと眠気が襲ってくる。「眠ってもいいよ」アンパンマンがそう囁いた。
「うん…」
 バイキンマンは、安心そして、温かい腕の中で目を閉じた。







「バイキンマーン!起きなさいよ!!」
「ん、んー。まだ…」
「起きろー!!」
 どかっ!と布団の上からのしかかる重いもの。
「…ぁ。んー。」
 そのままべりっと布団を剥がされて、バイキンマンは朝の眩しい光にチカチカする目を瞬かせてむっくりと上半身を起こした。
「ドキンちゃん…?」
 見ると、ドキンちゃんがほっぺたを膨らませて、仁王立ちをしていた。
「あれ…?アンパンマンは…?カレーパンマンは…?」
「何寝ぼけてるのよ。早くご飯作ってよ」
「…………………あぁ、そっか。夢か…」
 長い夢だったな。でも、幸せだったかもしれない…。多分。
 バイキンマンはなんだか無性に寂しくなったが、これが現実だと思い直して洗面所に向かった。


「あれ?」
 洗面台に飾ってある、白くて大振りな花と、その隣に置いてある花の冠。
「ドキンちゃん、これ何?」
「あーもー。バイキンマン寝ぼけすぎ!」
 ドキンちゃんはうざったそうに手をパタパタ振った。
「昨日のお花じゃない!バイキンマンが摘んできたのとー、もらった花の冠」
「きのう…」
 まさか。
「本当に覚えてないの?」
 ドキンちゃんは嘘でしょう?という風に、バイキンマンの顔を見る。
それから少しして、「あぁ!」と納得したようにくすくす笑った。
「バイキンマンったら缶蹴りの途中で寝ちゃうんだから。アンパンマンがおんぶしてお城まで運んでくれたのよ?」
 バイキンマンの目が大きく見開かれた。
「う、そ…」
「後でお礼言っといたら?」
 それにしても寝ちゃうなんて、バイキンマンって子供よねー。
隣りで笑うドキンちゃんに曖昧に返事しながら、バイキンマンは肌にあの温かい感触が蘇ってくるのを感じていた。






「あれ?バイキンマンの写真だ。どうしたんだ?これ」
 幸せそうに笑っているバイキンマンの写真が机の上に散乱しているのを見て、カレーパンマンは不思議そうに食パンマンに訪ねた。
「あぁ、私の趣味じゃないから安心して下さいね」
「そんなこと訊いてねーよ」
「はは。これ、五枚組み千円で売れるんです。最近の売れ筋なんですよ〜」
 片手に電卓を持ちながら、なにやら計算している食パンマン。
「……いつ撮ったんだよ」
「まぁ、バイキンマンとアンパンマンが木陰でちちくりあってた時とでも言っときましょうか」
「最悪だなお前は!!!!」
 カレーパンマンはちょっと本気でカレーパンチを食パンマンに喰らわせた。













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