まだまだ続くよアンパン×バイキン
ドキンちゃんは、いらいらしていた。
それは食パンマンのデートがどたキャンされことや、
家にいるはずのバイキンマンがいなかったことや、
食事の用意がなくておまけに冷蔵庫にも食べ物がなかったことや、
「はぁ…」
洗濯ものが溜まっていることや、
城の掃除が出来ていなかったことや…
「あぁ〜ぁ」
沢山の理由があるんだけれど。
ドキンちゃんは、そっと洗面所の方へと視線を向ける。
すりガラスの扉に、黒い影が映っていた。
水音がじゃぶしゃぶとリビングの方にも響いていた。
そして、
やっと朝方帰ってきたバイキンマンは何故か元気がなくて
怒鳴りつけようにも、気が引けて
「…」
耳を澄ませば、微かに洗面所から押し殺したような嗚咽が聞こえてくる。
「…なんなのさ」
そう言って、ドキンちゃんはテーブルの上につっぷした。
朝方早く、どうしても目が覚めて窓の外を眺めていたドキンちゃんは見慣れた影が玄関に突っ立っているのを発見した。
「今までどこに行ってたのよ!バイキンマン!」
ドアを開けた瞬間に浴びせた罵声は、彼の姿を見た瞬間勢いを失う。
「…ぁ」
薄暗がりの中で立ちすくんでいる彼の服はぼろぼろで、所々泥がついていて。
目は真っ赤で、
歩き方が少し変で、
「ただいま…」
声がガラガラで腕に変な赤い痣がついていて…。
何か無かったと思うほうが不自然だった。
「…バイキンマン?」
笑おうとして失敗し、泣きそうな顔になった彼に歩み寄る。
そっと手を伸ばして頭を撫ぜた。
それだけで、バイキンマンはせきを切ったように泣き出してしまう。
ひたすら「ごめんなさい」を繰り返す彼にドキンちゃんは何も言えなくなった。
かわりに、腕を精一杯伸ばして抱きしめてやる。
バイキンマンの暖かい体温が、これ以上なく弱弱しいものに思えてならなかった。
「なんなのさ…」
もう一度軽く呟いて、洗面所の方を睨む。
彼は、ドキンちゃんには何も言わなかった。
ドキンちゃんが優しく訊いても首を横に振って答えなかった。
その代わり「ごめんなさい」を繰り返した。
「むかつく」
がたん、と音を立てて立ち上がる。
「バイキンマン!私、食パンマン様の所に行ってくる!夕飯用意しておくのよ!それとちゃんと掃除と洗濯…」
バイキンマンが黙って洗面所から出てきた。
指先が真っ赤で、痛々しそうだった。
「…っ。分かった?じゃあね」
きびすを返して去ろうとした瞬間、目の端に映ったガラス玉のように表情のないバイキンマンの瞳が、どうしてだかドキンちゃんの胸を締め付けた。
タンパク汚れは洗濯機では落ちない。
バイキンマンは洗剤片手に自分の服を洗っていた。
生地が黒かったのでドキンちゃんにバレてはいないと思うが、トレーナーは泥まみれ、ジーパンと下着に至っては酷い汚れ方をしている。
自分の血と、自分の精液と、アンパンマンの…。
じわりと目に涙が浮かんだ。
それを振り払うように首を振って、洗濯を再開させる。
ざぁぁ…。
流れていく泡と水。
服の汚れは、洗剤を使えば簡単に落ちてくれた。
服の汚れだけは…。
バイキンマンは、ごしごしと目のあたりをこすった。
「あぁ…今日はいい天気だな」
おととい散々どしゃぶってくれた空は、水分を出し切ったのか今ではすかっと晴れている。
一気に洗濯した衣類やシーツが気持ちよさげに物干し竿に吊るされていた。
「これで終わり、と」
真っ白なシーツを見上げているうちに、バイキンマンも少し元気が出てきた。
けれどぼんやりしている暇はない。
昨日のうちにやっておかなくてはならなかった家事が今日はわんさか残っているのだ。
バイキンマンは洗濯籠を両手に抱えて城へ戻ろうとした。
すると親がいなくて寂しかったのか、カビルンルンがぴーぴーと甘えてじゃれついてくる。
「あ、こら…」
せっかく干した洗濯物を落とそうとジャンプして飛びついているものもいる。
「ダメ――!!!」
ぎゅうっと後ろから捕まえてわき腹をくすぐってやる。
カビルンルンはけたけた笑って身を捩った。
「こぉら…」
洗濯籠を頭に乗せて持っていこうとする別のカビルンルンに怖い声を出して捕まえる。
バイキンマンの腕に捕らえられたカビルンルンは甘えてバイキンマンにほおずりをした。
それを見ていた別のカビルンルンが自分も!とばかりにバイキンマンに飛びつく。
「こらっ…!」
バイキンマンは雨に洗われた芝生の上にしりもちをついた。
カビルンルンはきゃっきゃっと声を上げて笑う。
「はは…」
バイキンマンの口から、笑いが漏れた。
「あははっ」
今度は、思い切り声に出して笑う。
カビルンルンはどうやら自分がバイキンマンを喜ばせたらしいと気づいたようで、一緒になって笑ったりおどけたりしてみせた。
「ははっ…馬鹿だなぁ。お前たち。あははっ」
バイキンマンは、笑いながら無意識に目の端に溜まった涙を拭っていた。
「よし、今日は唐辛子撒き散らしマシーンでも作ろうかな」
バイキンマン久々に白衣を着てラボに向かった。
バイキンマンはこの薄暗くて静かなラボが大好きだった。
ドキンちゃんに「カビくさい」だとか「薬くさい」だとか言われたって毎週ヘンテコな機械を作るのがバイキンマンの仕事だし、何より実験や研究が大好きだった。
「この前整理したデータはどこだ?」
がさがさと散らかった紙束の山から、分厚い黒いファイルを見つけ出す。
カビルンルンは外で遊ぶ方が楽しいようで、ラボには入らなかった。
これで集中して実験や作業が出来る。
鼻歌を口ずさみながら、バイキンマンは資料に目を通しはじめた。
「…随分ごきげんですね、バイキンマン」
「っ!!??」
ガタンっと椅子を蹴って立ち上がるバイキンマン。
即座に辺りを見回すが目の前には誰もいない。
「ここですよ…」
「うわぁっ」
どたどたどたんっと後ずさりして、耳元から聞こえた声の主を姿を見つける。
そこにいたのは…
「…食パンマン…っ?」
いつもキザな笑みを浮かべ、女の子たちをキャーキャー言わせているこの町一番の美形。
そしてドキンちゃんの想い人。
「ど、どうしてここにっ」
バイキンマンは心臓発作を起こすのではないかという位驚いていた。
「いや別に、前から知ってましたよ。君の家の場所なんて。ただちょっと状況が変わってね…」
食パンマンはぺろりと自分の唇を舐めた。
その途端ぞわわっと嫌な感触がバイキンマンの背中を伝い、バイキンマンはじりじりと後退していく。
「昨日、君、アンパンマンとナニしてたんですか?」
「…っ!」
慌てて逃げようとしたバイキンマンの腕を、食パンマンが掴む。
「ねぇ…教えてくれませんか?何をしてたんです?」
「なっ。何もしてないっ!何もしてないんだ!…ぁ、アンパンマンに訊けばいい!ただ、いつもみたいに戦って俺が負けただけだっ!」
「…いつも?…戦い?」
あぁそうでしょうね。
食パンマンはにたりと笑う。
「いつもココでアンパンマンのアレを受け入れてあんあんヨガって達してたんですよね」
服の上から局部を撫ぜつけられる。
「ひっ…」
「毎日やってるんでしょ?でも周りにバレたらただじゃ済まないですよ…だって正義の味方と悪役があぁんなことやこぉんなことをしてるなんて」
そう言いながら、食パンマンはバイキンマンのジーパンの前にぎゅうっと掴む。
「やっ!」
「まぁどうせ、アンパンマンは遊びでしょうけど。でも困るんですよねー仲間として。体裁悪いからやめてくれないかな?でもその前に口止め料として…」
一発ヤらせろ。
そう耳元で囁かれる残酷な言葉。
バイキンマンの目の前が真っ暗になった。
嘘だ
嘘だ
これは夢だ。
足ががくがく震えて体温が下がる。
食パンマンの手がバイキンマンの体を撫でまわしはじめた。
「あぁ…やっぱり君は色白で細いね。可愛い」
そう言って、唇を指でなぞられる。
突然顎を掴まれて、強引に唇を重ねさせられた。
アンパンマンの時とは違い、乱暴で凶悪でただ恐怖しか感じないキス。
アンパンマン…。
彼の姿が目の前に浮かんだとき、バイキンマンは渾身の力を込めて食パンマンを突き飛ばしていた。
「うわっ。何するんだ!」
しりもちこそつかなかったが、体勢を崩した食パンマンは怒気をはらんだ目で睨みつける。
「…まだ自分の立場がわかってないようですね、バイキンマンは。馬鹿です。…おい!」
食パンマンが入り口に向かって何か叫んだ。それに答えて出てきたのは
「…あっ」
カバおとピョンきち、そして
「カビルンルン!」
体に縄をかけられ、身動き一つ出来ないカビルンルンを荷物のように抱えているカバおとピョンきち。
カビルンルンは状況を理解できずにただしくしく泣いていたが、バイキンマンの姿を見つけると、助けて!とばかりにぴーぴー泣き出した。
「…なんてこと…」
あまりのことに愕然とするバイキンマンを尻目に、食パンマンは勝ち誇ったように笑顔を向ける。
「これで分かるでしょう?どうしても君が僕の出した条件を飲まないというのならば、あの可愛い子供たちに肩代わりさせるだけですよ」
まぁ、まだ小さいし大人のおっきいものをつっこまれたら壊れちゃうかもしれないけどね。
そう言ってくつりと笑う食パンマンは、まるで悪魔のようだ。
「やっ…やめろ!その子たちはまだ子供なんだ!」
「やれ」
バイキンマンの悲痛な叫びはカバおとピョンきちには届かず、食パンマンの短い命令のみが受諾される。
「でも食パンマン〜。俺ショタコンじゃねぇんだよ。終わった後に俺にも回してくれよな」
カバおはやりきれない、というように情けない声を出したが食パンマンにメンチ切られて押し黙る。
「と、いうわけです」
くるり、とバイキンマンの方に笑顔で振り返る食パンマン。その後ろでカビルンルンの服が引き裂かれていた。――悲鳴。
まだ本当に小さい子供が、大きな腕によって床に押さえつけられる。
あらわになったソコに無骨な手が伸ばされて、乱暴に蹂躙される。
まだ本当に小さくて愛らしい蕾に、なんの潤滑剤も塗られていない指が遠慮なく入ろうとする。
「やめろ――!!!」
バイキンマンは叫んでいた。
「やめっ…やめて…。その子たちには手を出さないで…お願いしますっ…。俺様は、…」
そこで一旦言葉が途切れる。
そこから先、バイキンマンが言わんとしていることは、バイキンマン自身を裏切って、自ら苦痛を受けるということだ。
バイキンマンはぎゅっと目を瞑った。カビルンルンのすすり泣く声が聞こえる。
…目を開けた。
カビルンルンが、陵辱されている姿が目に映った。
「もう…やめて」
バイキンマンの静かな声がラボに響く。
「俺は…どうなったっていいから…」
バイキンマンは、自分が苦痛を受ける道を選んだ。
「うっ…く」
バイキンマンの押し殺した声が響く。
「白衣ってものすごくエロいですね、バイキンマン」
君の漆黒の髪と陶器のようなすべらかな肌によく映える。
食パンマンはそう言いながら、バイキンマンの首筋に舌を這わせていた。
ゆっくりと、時に耳朶を甘噛みしながら指先で胸の突起に悪戯を施す。
「あっ…はぁ…」
白衣は着せられたまま、上半身の服を胸のところまでたくし上げられて、下には何も身を隠すものなどない扇情的な格好。
バイキンマンの腕と体は、自らの意思によってラボの冷たい床へと投げ出されていた。
ねっとりとした愛撫によってピクンとひくつく体を自分で制御しなければならないのだ。
行為が嫌でも、カビルンルンのことを考えると自分からは食パンマンを拒めない。
「…やけに敏感ですね」
食パンマンが、少し反応を見せかけたバイキンマンのそれに手を伸ばす。
そして指を絡めるようにして幹を弄り、先端に爪を立てた。
「あぁっ…いっ…たぃ」
自分で自慰行為をしないバイキンマンには強すぎる刺激だった。
それを知ってか知らずか食パンマンはノンストップでそこばかり攻め立てる。
「ひゃっ…やぁ…」
「あぁ…濡れてきた」
分かります?
わざとくちゅくちゅと音をさせながら扱われるバイキンマンのピンク色のそこ。
バイキンマンは涙を溜めて、せめてもの抵抗とばかりに口を手で押さえていた。
それでも殺しきれない喘ぎ声はしんとしずまり返った室内で淫猥に響いてしまう。
「んっ…ぁっ…」
「こっちはどうかな?」
食パンマンはいじっていたそれを離し、バイキンマンの両足を大きく広げて持ち上げた。
「あっ…!」
「…へぇ。やっぱりこっちも綺麗なピンクですね」
バイキンマンの秘部があらわになる。白くて形の綺麗な尻の間の、小さな窄まり。
食パンマンはそこへ指を進めた。軽くノックするように入り口をつつく。
それだけでバイキンマンのそこはきゅぅっと誘い込むように伸縮をした。
食パンマンは嬉しそうににやりと笑みを浮かべる。
「…淫乱」
冷たい針のような言葉が、バイキンマンの胸を突き刺した。
『あぁ…バイキンマン、君は可愛いね』
どうしてそんなこと言うの?
『大好きだよ、バイキンマン。君の可愛い顔も強情な性格も。本当は気が弱くて泣き虫で、とても寂しがり屋なところも』
嘘…。俺様は、お前が思ってるほどいい奴じゃない。
『愛してるよバイキンマン』
嘘だ。いや…もうやめて。
微かに浮かぶ、優しい笑顔。優しすぎて、怖くなる。アンパンマン…。
「あぁぁぁ――っっ!!!」
白昼夢が強烈な圧迫感によってかき消される。
バイキンマンは絶叫した。
突然、バイキンマンの中に冷たくて質量のあるものが押し入ってきたからだ。
恐怖と痛みが体中を支配する。首を曲げて自分の下半身を見ようとすると、陵辱者の食パンマンと目がかち合って、背筋が凍った。
「あぁ、これ試験管です。君の中がよく見える…綺麗な赤色で、ひくひくしてる」
「あっ…ぁぁっ。な、に…熱いの…なんでっ…」
痛みと同時に、体の奥から今まで感じたことのないような奇妙な熱がじわじわと生まれてくる。
その熱はバイキンマンの足の間で健気に蜜を溢れさせている性器まで侵食した。
甘く蕩けるような感覚がバイキンマンの腰から性感帯までを駆け巡る。
「ちょっとした薬入りのローションを使ったんですよ。これで淫乱な君はアンパンマン以外でも達することが出来る。簡単にはイかせませんけどね」
「な、そんなっ。あぁぁっあ――っ。いやっ。いやぁぁっ」
顕著に反応を示した性器の根元に、食パンマンの指がきつく巻きつく。
快楽のはけ口を失ったバイキンマンはただぼろぼろと涙を零し続けた。
「あんまりきつく締めない方がいいですよ。中で割れると大変なことになるから」
「ぁぁっ…いっ…ゃ」
…ごめんなさい。アンパンマン。
「あぁぁっ。いやぁっ――いやっ。やめて――っ!!!」
だって、俺様。
アンパンマンの以外の人と、こんなこと…。
アンパンマンの友達にこんなことされて。
「ほら…ここがいいんですよね。このコリコリしたところ」
でも 体はしっかり反応してて
こんな俺様なんて、幻滅するよね。
もういらないよね。
俺様だって、こんな俺様大嫌いだから。
アンパンマンも嫌いになって当たり前だよね…。
「あっ…はぁっ…あっ!あぁっ!」
試験管でぐちゃぐちゃにかき回されるバイキンマンの中。
その酷すぎる行為に翻弄されビクビクと痙攣する白く細い体。
けれどバイキンマンの性器には皮製の紐がきつく巻きつけられていて達することはできない。
いつまでたっても開放されない快楽のせいで、先端からは絶えず白い液の混じった先走り液がしどしどと溢れていた。
「そろそろ、こっちもいいですか?」
ずぼっと勢いよく試験管が抜き出されて、かわりにもっと熱くて太いものがバイキンマンの目の前に現れる。
「ひっ…ま、待って!まだ―――」
目の前の陵辱者は、歪んだ笑みを浮かべて太い杭でバイキンマンを一気に貫いた。
「――――――っ!!!!」
少しの間だけど、大好きって言ってもらえて嬉しかった。
でも、ほら。やっぱりうまくいかないから。
短い時間は、夢だったと思い込むように努力するから。
全てが前と同じに戻るだけだから。
…ねぇ?そうだよね。
アンパンマン…
『バイキンマン!!!』
「ぁ…アンパンマン…?」
ラボの扉が勢いよく開いて、何か、とても会いたかった人の声を聞いたような気がしたけれど、視界がぐるぐる回ってわけが分からなくなって、バイキンマンはそのまま意識を手放した。
「――バイキンマン…っ。バイキンマンっ!!!」
「――――っ!?」
がくがくと体を揺すぶられて、バイキンマンは目を覚ました。
途端に、さっきまで自分の体を支配していた陵辱者の存在を思いだす。
恐怖が一瞬にして体のすみずみまで浸透した。
「いやぁっ!もうやめて!!もう、―――」
「バイキンマン!僕だよ!アンパンマンだ!」
ひたすら悲鳴を上げて抵抗する自分の体が、優しく包み込まれる。
それは暖かくて、大きくて、太陽の匂いがして。
「…ぁっ」
「…気がついた?」
アンパンマン…。声には出さずに、口を動かすだけでそう言うと、アンパンマンはまるでバイキンマンを安心させるように微笑んで、額に口付けをした。
「アンパンマン…?」
「そうだよ」
「ほんとに、ほんとに…アンパンマン?」
「ほんとに、ほんとに、僕だよ」
状況を理解できなくてきょとんとしているバイキンマンを、アンパンマンは抱きしめる。
「…ごめんね、守ってあげられなくて」
バイキンマンがアンパンマンの顔を覗き込むと、それはなんだかとても辛そうで。
だけど、バイキンマンはどうしてそんな顔をされるのか分からなくて。
ただ思い切りアンパンマンの体に抱きついた。
「アンパンマンっ!!…おれっ…俺様…」
「辛かっただろう…バイキンマン」
「ちがっ…。俺様、すごく悪いことをしたっ」
「…君が?」
アンパンマンの目が細められる。
「俺様っ…アンパンマン以外の奴に…変なことされて、薬で感じて、それに…それに…、あ、あそこに入れられて、ぐちゃぐちゃになって…」
思い出しただけで涙が溢れ出てくる。
「だから、俺様、もうアンパンマンが思ってるほど綺麗じゃなっ…は、はじめから汚いと思われてたかもしんないけどっ…」
「バイキンマン…」
「あっ…えっ…と。もう、俺様のこと嫌いになったっていいよって言おうとしただけ…」
何故だろう。さっきよりも涙が溢れ出てくる。
「馬鹿だな…」
アンパンマンはそう呟いて、バイキンマンの頬を撫ぜる。
その感触が酷く心地よくて、バイキンマンは目を閉じた。
「…何も心配しなくていいよ、バイキンマン。今は、もう少しだけ眠った方がいい」
そう言って、アンパンマンはバイキンマンにキスをした。触れるだけの軽いバードキス。
バイキンマンは魔法をかけられたみたいに、暖かい腕の中で眠りについた。
「愛してるよ」
嘘。
「大好きだよ」
嘘だ。
「ずっと一緒にいようね…」
もうやめて。
夢のくせに。目が覚めたら、全て消えてなくなってしまうくせに。
「バイキンマン」
「…ふぇ?」
目が覚めたらそこには誰かいて。
「すごく辛かったんだね…眠りながら泣いてたよ」
よしよし、と頭を撫ぜてくれる大きな手。
バイキンマンはぼんやりとした頭をフル回転させて、今の状況を分析した。
部屋の隅には仲良く並んですやすやと寝入っているカビルンルンたち。
どうやらここは自分の部屋で、そしてベッドの上で寝ていた自分。
それから
「…わっ」
びっくりしてベッドから飛び降りるバイキンマン。
けれど足腰が立たなくなっていて、ぺたんとその場に座り込んでしまう。
「失礼だなぁ。寝てる君を抱っこしてここまで運んで、後始末してから着替えまでしてあげたのは一体誰だと思ってるんだい?」
苦笑しながら、近づいてくる、見慣れた顔。
「それから君が起きるまで暇だったから掃除と夕食の用意はしておいたよ。君と僕の分だけだけど」
ふわりと両手で顔を包み込まれて、上を向かされる。
いつもの優しい顔がそこにはあった。
「アンパンマンっ…」
バイキンマンは泣きそうな笑顔で彼の名前を呼ぶ
。夢は、嘘じゃなかった。
煙みたいに消えてなくならなかった。
アンパンマンはいてくれた。
それだけで何故か救われた気がした。
ところがアンパンマンは深刻な顔をして
「ねぇ…バイキンマン、思い出すの辛いだろうけど、一体誰にされたんだい?」
「…ぇ?」
「僕が行ったときには、窓が割れていて、失神してる君以外誰もいなくて…」
「ぁ…」
それは…
「言えない…」
「どうして…」
「言えないよ…」
アンパンマンの友達の食パンマンに犯されたなんて、どうしたら言える?バイキンマンの顔に影がさした。
「バイキンマン、僕は…」
思いつめた表情のバイキンマンを見て、アンパンマンが何か言おうとした時。
「ただいまー」
とても場違いなあっけらかんとした声が聞こえた。ドキンちゃんだ。
「あ、まずい。じゃあね」
アンパンマンはそれを聞いて窓から外へと飛び出た。
「あっ。待って!」
バイキンマンが追いかけるようにして窓の外を見ても、そこにはもう、誰もいなかった。
「バイキンマン、ちゃんと掃除も料理も出来てるじゃない!」
帰ってきたドキンちゃんにぎゅぅっとされて幸せなバイキンマンだったけれど、本当ならば自分のまん前のテーブル席に座るはずだった彼のことを思うと、どうしても顔が曇った。
「…どうしたの?バイキンマン」
ドキンちゃんが異変に気づいて顔を覗きこんでくる。バイキンマンは咄嗟に取り繕おうとして笑顔を作った。
「なんでもないよ」
アンパンマンが作ってくれたスープをおいしそうに飲み下す。
「あっそう。今日はバイキンマンにもお土産があるのよねー。感謝してよ」
目の前でにこにこ笑うドキンちゃん(バイキンマンからしてみると、とても貴重なことだ)を見て、バイキンマンは一人何かを呟いた。
「え?なぁによ」
「あ、ううん。なんでもないってば」
『幸せだ。自分は今幸せだ。誰かが一緒にいてくれるから幸せだ。
その誰かを自分が選んじゃいけない。
ドキンちゃんは大好き。だから、ドキンちゃんがいてくれるから幸せ。
一緒にいてくれるのはドキンちゃん。
だから、今自分は幸せだ…。』
「しあわせなんだ…」
バイキンマンは一人呟いていた。
誰にも聞こえないように。
自分にしか聞こえないように。
←戻