Loveless Heros




 正義の味方だって、ストレス溜まるんだ馬鹿。
 いっつも他人に笑顔振りまいてられっかタコ。
 なにが「アンパンマン助けてー」だよ。
 自分のことくらい自分でしろっ!他力本願めが。
 一度痛い目にあってこいってんだ。

 なんちゃって。

 やぁ、みんな元気かい?僕アンパンマン。
 いつも朗らかな僕だけど、人並みに性欲はあるしストレスも溜まるんだよ。
 みんなもイライラしたりすることあるよね。
 そんな時みんなどうしてる?僕は最近いい方法を見つけたんだ。

 そんな僕のストレス解消法は――






「あぁ、あぅっ!いやっ…いやぁぁっ!」
 ベッドの上に押さえつけられて、咽び泣いているバイキンマン。
両手を拘束され、両足をこれ以上ないくらい広げられて、アンパンマンのいきり立つ雄を受け入れさせられていた。
恋人同士で言うならエッチ。獣で言うなら交尾。
だけどそのどちらでもない行為。恋人同士にしては乱暴で辛くて、ただ単に性欲を満たすだけなら想いが複雑過ぎる行為。
「ひ、ぁっ…あぁ、も…いゃぁ!」
 濡れた瞳がアンパンマンを見つめている。涙がとめどなく溢れてバイキンマンの頬を汚していた。


 アンパンマンはにこりと笑みを返す。その笑顔を見て、バイキンマンは泣き叫ぶのを止めた。
 アンパンマンはバイキンマンを拘束していた手を緩め、指先でそっと涙を拭う。
ただそれだけでバイキンマンはびくりと体を震わせた。
(怯えてるのかな、僕を)
 激しく突き動かしていた腰も休め、そのままじっとバイキンマンを観察する。
 短い黒髪に、髪の毛と同じように澄んだ漆黒の瞳。
色白の肌は華奢な骨格と相まって可憐で儚げな印象を与える。
 そんな綺麗な体が、今となってはアンパンマンの少々乱暴な愛撫と交わりによって、色づいていた。
 アンパンマンはそっとバイキンマンの唇を指でなぞる。
ピンク色で薄い唇は、とても触り心地が良い。
アンパンマンがくすりと笑うと、バイキンマンが「はぁ…」と色香の強いため息を漏らした。

 泣きはらした目。泣き声。意味を成さない必死の抵抗。
 許しを乞う言葉。それから――。
 アンパンマンにとっては終わりの無い快楽で、バイキンマンにとっては終わりの無い拷問かもしれない。
 だけどアンパンマンは誰にも責められない。
 何故ってそれは、バイキンマンが悪者だから。
 悪者を成敗するのが、正義の味方の仕事だから。


 正義の名のもとならば、アンパンマンはバイキンマンをどうしようと構わない。
 なんて便利な世の中だろう…。アンパンマンは口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。
 ただ一つ困難なのは、バイキンマンを恋人にすることだけで。
 

「バイキンマン、可愛いね」
 慈しむように、愛しているように、アンパンマンはバイキンマンに呟く。
 その言葉をなんと受け取ったのか、バイキンマンは自由になった手で自分の顔を隠し、息を殺した。
 誰が顔を隠していいって言った?アンパンマンの中に子供じみた怒りが生まれる。
 こっち向けよ。
「…バイキンマン、可愛い。可愛いよ…アイシテル」
 熱の浮かされたように呟くアンパンマンをバイキンマンは、目に怯えを滲ませて見上げていた。と、
「んっ…」
 不意に唇を唇で塞がれる。それは熱くて優しくて、バイキンマンは勘違いしそうになる。本当にアンパンマンがバイキンマンのことを愛しているなんて、あり得ないのに。









数時間前。


 今日もみんなが喜ぶパフォーマンスをした。
 アンパンマンは彼方遠くに飛んでいった奇怪なメカを眺めながら、額の汗を拭く。
 またバイキンマンがくだらない事件を起こしてアンパンマンが出動しなければならなかったのだ。
 今日はなんだ?
 お店の牛乳という牛乳を全て盗むという、すごいんだかすごくないんだか悪事を働いてくれた。
 大方、ドキンちゃんに「ミルク風呂に入りたいから全部盗んできてv」とでも言われたのだろう。
 安易に想像できるあたりが三流悪役だ。
 アンパンマンは不機嫌を外に出さないように正義のヒーロースマイルを浮かべ、町のみんながいる地上へと着地した。
「すごいよアンパンマン!」
「ありがとうアンパンマン!」
 アンパンマンの周りに人だかりが出来る。
 アンパンマンを見ている目は全て、好意に満ちた尊敬、憧れ、…そんな類のものばかりだ。
「みんなが無事で良かったよ」
 にっこり。長年培った正義のヒーロースマイル、は、誰にも見破られることはない。
 だからこそ、裏でいろんなことが出来るのだ。
「さぁ、僕はまたパトロールをしてくるよ!」
 アンパンマンはよく通る声でそう言って、空へと飛んだ。「えーっ。もっといてよー」そんな声がしたが、
「バイキンマンがまた何かを企んでるかもしれないから!」
 そう言うと、しぶしぶといった感じでみんな納得をしたようだった。


 トンカチで五回叩くだけで機械を直すことが出来るバイキンマンの特技はすごい。
 すごいが、今日は自分が怪我をしすぎてそれどころではないようだった。
「やぁ、バイキンマン」
 めたくそに壊れた機械から匍匐全身で這い出しているバイキンマンの手をアンパンマンは軽く踏む。
「ひぃっ!」
 バイキンマンは目を見開いてアンパンマンを見上げた。
 明らかにアンパンマンを畏怖している。
「よく飛んだね」
 アンパンマンは周りを眺め、バイキンマンに笑みを向ける。
 バイキンマンがアンパンチによって飛ばされたのは、人里離れた林だった。
 どうせ飛ばすならバイキン城あたりに飛ばしてくれればいいのに…。
 と、バイキンマンが毒づこうとした瞬間
「あぅ、いたっ…やめろ!」
 アンパンマンが足にぎりっと力を込めた。バイキンマンの手に痛みが走る。
「ねぇ、バイキンマン。これから家来ない?」
「…はっ。何を突然」
 奇妙なナンパの仕方に、バイキンマンは面食らう。
「だって、君、怪我してるから」
「は」
 アンパンマンは飄々とそう言ってのけ、バイキンマンの身体を巨大な廃棄物と化したメカの下から引きずり出し、抱きしめた。
「ほら、血が出てる」
 ぺろりとバイキンマンのこめかみを舐めるアンパンマン。
 バイキンマンはびくんと震えて、アンパンマンを突き飛ばそうとしたが力量の差がありすぎて出来なかった。
「腕にも痣が出来てる」
 綺麗な肌なのに。そう言ってはバイキンマンの身体を撫ぜるアンパンマン。
 バイキンマンは「ひぁっ」と上ずった声を出してしまった。
 アンパンマンのことだから「感じてるんだ?」とかなんとかからかってくるにきまってる。
 そう思って身を硬くしたバイキンマンだったが、アンパンマンは何も意地悪なことは言わずただ笑みだけを浮かべ、バイキンマンをお姫様抱っこして
「じゃ、僕ん家行こうか」
 上機嫌で上空へと飛び立った。







 で、これ。現在こんな感じ。


「―――いっ!いぁっ!…やめっ」
 バイキンマンはうつ伏せにベッドの上に寝かされ、腰を高く掲げるような恥ずかしい格好をさせられて、後孔を指で犯されていた。
 アンパンマンの長い指が三本、バイキンマンの中を広げるように中をぐちゃくぢゃにかき回し、奥を穿つ。
「はは、バイキンマンのヒダヒダに僕の流し込んであげた液体が絡み付いててすっごくエロいよ」
「――ひ、っく。言、うなぁぁ!!」
 結局襲われているバイキンマン。こうなることは分かっていたのに。
「今日は何入れて遊ぶ?ローター?バイブ?…野菜でもいいよ?」
 先ほど、すでにアンパンマンと一回交わったのに。
 それで終わりだと思ったのに。
「ねぇ、バイキンマン?」
 ぐい、と顎を掴まれ、バイキンマンは唇を奪われる。
 していることとは大違いの、優しい、優しい、丁寧なキス。
 舌を絡めて愛撫をして、バイキンマンを感じさせようとするアンパンマンのキス。
「…ふ」
 どうしてだか、バイキンマンにはそっちの方が辛かった。
 涙腺が壊れたかのように涙がぽろぽろ零れてくる。
「あぁ、そんなに辛かった?それとも次が欲しい?」
 アンパンマンは、後ろを嬲る手を休め、バイキンマンの顔を覗き込んできた。
 バイキンマンも涙で滲んだ視界の中で、アンパンマンの顔を見る。
 敵のバイキンマンから見ても、むかつくほどかっこよくて、女にモテそうな顔をしているアンパンマン。
 スタイルだって良くて、優しくて、気がよくついて…。
 バイキンマンを事あるごとに犯して、そして最後には残酷なほど優しくて甘い言葉をかけていく。
 それのせいでバイキンマンは苦しくなっているというのに。
「バイキンマン?」
 バイキンマンは無言で涙を流し続けていた。
「バイキンマン、ごめん。そんなに辛かったかな…」
 いつまでたっても無反応なバイキンマンを心配して、アンパンマンはバイキンマンを抱き寄せた。
 バイキンマンはアンパンマンの肩に額を押し付けるようにして声を殺して泣いている。
「ごめん、ごめんね。愛してるよバイキンマン」
「――――…たら」
「え?なに?」
 バイキンマンがぼそりと呟いた言葉が聞き取れず、アンパンマンは聞き返す。
「……のこと、…てるとか」
「バイキンマン?」
「――…俺様のこと、愛してるとか言うんだったらっ!こんなことするな!愛してるとか言うなぁっ!」
 バイキンマンはそう叫んで、アンパンマンの顔を殴っていた。
「…!」
 バイキンマンは、相変わらず涙をぼろぼろ零して、まるで殴った自分が悪いみたいに辛そうな顔をしているのに、全身全霊の悪意を込めて、アンパンマンを睨んでいる。
 もちろん、アンパンマンにはバイキンマンのへなちょこパンチなんか効くわけがなかったし、痛くも痒くもないのだけれど
「…バイキンマン、どういうつもりかな」
 アンパンマンの声は氷点下までに下がっていた。
 飼い犬に手を噛まれるとはこの事だ。
 これはもう一度躾をしなおさないといけないな。アンパンマンは思った。
「だ、からっ。俺様を愛してるなんて言うんだったら…!」 
「じゃあ、嫌いだからエッチする」
 嫌いだから無理やり犯して、嫌いだから酷くして、嫌いだから泣かせて、嫌いだから「愛してる」って言う。
 アンパンマンはそう矢継ぎ早にまくし立て、バイキンマンをベッドに引き倒した。
 抵抗するバイキンマンをうつ伏せにし、首元を押さえ込んで獣が伸びをしているときのような体制をとらせる。
「もう手加減しない」
 アンパンマンの氷のような言葉に、バイキンマンがびくんと震えた。


 ふざけるな。

 君は僕の何だと思ってる?ただの性欲の捌け口なんだよ?
 僕はそれくらいにしか君を想ってないんだよ?
 愛しているならこんなことするな?
 勘違いするなよ。僕はそんなつもりで「愛してる」と言ったわけじゃない。

「あぅぁ!なか、なかに入って、くる!いやぁぁぁ――っ!!」

 本当に、どういうつもり?
 君に選択権なんてないんだよ、バイキンマン。
 僕を拒否する権利なんて。

「いっ!ひぃ!いやぁ!ごめ、ごめんなさ…っ!」
 最早アンパンマンが達して満足するためだけの行為。
 腰を打ち付ける音と、じゅぷじゅぷという卑猥な音が部屋一帯に満ちている。
 そして、バイキンマンの悲鳴とすすり泣く声。


「…っどうしてこんなことするか、分かる?」
「あぅ!いぁっ!い…あぁぁっ!」
「分からないの?」
「あ、あっ!わかっ…分かったから、もう」
 バイキンマンが「やめて」と言う前に、アンパンマンはバイキンマンを自分色に染め上げるかのように沢山の精液を流し込んだ。



「ね、どうしてこんなことされたのか分かる?バイキンマンが悪い子だからだよ?」
「っく、ごめ、ごめんなさ…!」
「もうしない?」
 こくこくと何度も首を縦に振るバイキンマン。
「嘘吐き」
 どうせ、なんのことか分かってないくせに。
 アンパンマンはバイキンマンの目尻に溜まった涙を舌で舐め取った。
 バイキンマンが身体を強張らせて、アンパンマンの身体が自分から離れるのを待っている。
 アンパンマンはバイキンマンにそっとささやいた。
「…可愛いよ。愛してるよ」
「……う」
 バイキンマンの怯えた目。それとも何か別のことを望んでいるのだろうか。
 アンパンマンはくすりと笑って残酷な言葉を吐く。

「でも、僕の言うことを聞かないバイキンマンは大嫌い」

 バイキンマンが息を呑んで、涙を堪えたのが分かった。



 「愛してる」と言ったのは君をその気にさせるため。
 キスしたのは君を安心させるため。

 どうして、そんなことをするのかというと。
 僕の絶好のストレス発散の道具に君を仕立て上げるため。

 君はただ、僕の言うとおりになってればいいんだよ。楽だよ。
 何も不都合はないんだから。
 八百長試合をして、適当にパフォーマンスをして、みんなを沸かせて、裏でこんなことをする。
 とても魅力的だと思わない?
ただ、僕と君が本当に恋人になるには、多少困難なだけで。 


 君を本当に大切だと想った時に
 どうしようもなくなるだけで。



 隣ですうすう寝息を立てて眠っているバイキンマンの頬を、アンパンマンはそっと撫ぜた。
 その頬はとても冷たくて、青白くて、息をしていなかったら死んでいるのではないかと錯覚するほど、生気が無かった。
 おとぎ話の眠り姫。それか、海に消えていく人魚姫。
(感傷的だなぁ…今の僕)
 アンパンマンは自嘲的に笑った。
 でもバイキンマンのアンパンマンとの物語は、ハッピーエンドなんかでは終わらない。
 ハッピーエンドなわけがない。
 バイキンマンをふっとばすのはアンパンマンの役目だし、アンパンマンはバイキンマンに悪さをされた町の人たちを助けなければいけないのだ。
 時々、こんな風に「お仕置き」と称した情交はするけれど。
 つまり、建前は「お仕置き」で、本音は――。
(違う違う。建前がアレで本音が「お仕置き」だろ?)
 アンパンマンは誰にも責められない。だって本音は「お仕置き」だから。


 ゆっくりと愛撫するように、バイキンマンの頬を撫ぜていると、バイキンマンがぬくもりを求めて擦り寄ってきた。
 どう見ても眠っているようだから、おそらく無意識なのだろう。
「…甘えていいよ。今はね、僕と君しかいないから」
 自然に顔を緩んでしまったのをそのままに、アンパンマンはバイキンマンを抱き寄せて、自分も眠りについた。


「……アンパンマン」
 アンパンマンがうつらうつらしていると、小さな声が聞こえた。
 それは幻聴かもしれないし、夢の中だったかもしれない。
 アンパンマンは、どうか夢の中であることを願って、すぐ傍の細い肩を抱きしめた。







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