SUFFERING




「香織ぃ……」

 自分の背後で、甘えた声を出す奴がいる。

 その声に反応を示さないでいると、「鳴き声」はますますひどくなった。



「香織…ねー…かおりー」


 リビングの戸棚を探るフリをする。いや、フリじゃない。探し物をしないといけないのだ。


「かおりー…ねぇ、かおりー」


「……」


 ……。


「大好き かおり」


 指が迷った。何を探しているんだ。頭が真っ白になった。


「大好き」


 声は意外な位近くで聞こえた。


 肩に伝わる温かい感触。背中に広がる、じんわりとした体温。


「やめて、米良」


 腕から抜け出して、俺は、白い箱を片手にリビングのフローリングの上にへたり込んだ。



「……いや?」


 多分、奴は泣きそうな顔をしている。

 それを見たら、多分自分はものすごく悪いことをしたと思ってしまう。



 拗ねているわけではない。これは、焦り。

 米良と同じ世界に住めない焦り。




 米良の過去も痛みも全部受け止めてやるって言ったってそんなの所詮

 青二才が言うことで


 本当の痛いコトも辛いコトも知らない俺がほざいた戯言なんだ。

 米良がある日突然いなくなってしまっても彼を責めることは出来ないし

 元あるべき事が元あるべき所に戻るだけ。





「米良、服着替えて」

 手に持っている救急箱の蓋を開ける。中から消毒液やら脱脂綿を取りだして、床に並べた。

「うん。手当てする間イイ子にしてたら、オムレツ作ってー」

 米良は笑って、自分のクローゼットの前に立つ。



「分かったよ」


 「かおり大好きー」




 何かを示すように 証明するように 何度も発せられる言葉



 大好き


 つまり、証明しないと成り立たないってことで


 だから本当は成り立っていないんだと 思う。






 パートナーが 怪我をして 帰ってきた 日



 俺は多分 泣いた